本文へジャンプ

このサイトマップ

結婚式は新婦の実家で行われた。
前日から既に近所の人が集まり大きな音楽と共に前夜祭の会食が行われ、当日は早朝5時から始まり朝食、昼食を取ながら式が進められる。午後は暑くなるので休憩で、夕刻6時頃からホテルで披露宴が行われた。町中の人が参加しているように盛大な雰囲気だった。


1.タイ・仏教式結婚式結婚式  (詳細写真集はココをクリックしてください
2.ホテルでの披露宴     (詳細写真集はココをクリックしてください

タイ東北地方にあるブリーラムは「心楽しい」町という意味だという。本当に静かで綺麗だ。ブリーラム県内には60ものクメール様式の遺跡が点在している歴史的重要な地域であった。宿泊は市内のはずれに在る7階建てのテープナコンホテルで部屋も広くシックな作りだ。結婚式の披露宴もこのホテルのプールサイドで行われた。

バンコク観光(2010年2月14、16日)


1.バンコク王宮    (詳細写真集はココをクリックしてください
2.バンコク市内      (詳細写真集はココをクリックしてください

1.パノム・ルン遺跡    (詳細写真集はココをクリックしてください
2.ブリーラム市内      (詳細写真集はココをクリックしてください

1.ワット・ヤイ・チャイ・モンコン寺院     (詳細写真集はココをクリックしてください
2.ワット・マハータートル寺院     (詳細写真集はココをクリックしてください

ブリーラム・国際結婚式(2010年2月14,15日)

ブリーラムでの結婚式の翌日、再びチャーターした車で一路バンコクへ500kmのドライブ。タイの広大などこまでも続く平原をほとんど休まず踏破し、午後の2時頃にはバンコクへ到着することが出来た。早速シャワーを浴びて王宮への観光へ繰り出した。1782年バンコク遷都に合わせて建立されたワット・プラケオと歴代の王が暮らした王宮が同じ敷地内にあり。まず目に付くのはラーマ4世により建造された黄金に輝くプラ・シー・ラタナー・チュディ。乾季に入って澄み切った青い空、照りつく太陽の下、ここの原色の建物群には強烈なイメージが植えつけられる。

ブリーラムはバンコクの東約400kmで、カンボジアとの国境近くにある。タイ全土ではクメール遺跡は182箇所あるが、ここブリーラム県内には61箇所もの遺跡があるという。その中のひとつ、パノム・ルンはカンボジアのアンコール・ワットと並んでアンコール朝時代にたてられた重要な寺院である。標高383mの小高い死火山の上にそびえる寺院にはヒンズー経の神シヴァの乗り物である牛像が祀られている。

ワット・マハータートは1370年代の建立とされる。高さ44mの仏塔があったと言われるが、ビルマ軍により破壊され手しまった。現在その面影を残すのは、木の根に取り込まれてしまった仏像の頭部、苔むすレンガ積みの仏塔、頭部を落とされた仏像だけである。中心にあった倒れた仏塔の地下から1956年仏像や宝飾品が発見され、現在チャオ・サン・プラヤー国立博物館に展示されているとのことだが、今回は時間的都合より訪問できなかった。

Copyright 2007.9 shouhei.tanaka.All Rights Reserved

 甥っ子がタイの女性と国際結婚することになり、その結婚式に招待された。結婚式はタイバンコクから東約500kmの地方都市ブリーラムで行われた。タイの結婚式での結納金など伝統的儀式が残されている地方都市での伝統的な仏式結婚式に参加でき大変興味深かった。
 

バンコクに早朝5時に到着して、チャーターしたドライバー付車で一路ブリーラムへ向かった。途中アユタヤで3時間ばかり観光を兼ねて休憩した。一番目に訪問したこの寺院は1592年に20代王ナレースエンがビルマ王子と象上の一騎打ちに勝った記念として建てられたという、天を突く高さ62mの綺麗な仏塔があり、広い境内には中央のチュディを囲むようにして、何十もの座仏像がずらっと並んでいる。また、大きく綺麗な寝仏もあり、綺麗に整備されたセイロン風を漂わす寺院だ。

日本から早朝バンコクに到着して、即チャーターカーにて外国人のバックパカー達が多く集まるオカサン通りで屋台のベトナムのフォーに似たラーメンで朝食をとりアユタヤーへ。日本に帰る晩、バンコクで王宮観光後、以前訪れた時と大きく変わってしまった賑やかなサヤーム・スクエアでショッピングと食事を楽しみました。

3.ワット・プラ・シー・サンペット     (詳細写真集はココをクリックしてください

アユタヤー観光(2010年2月14日)

 

ブリーラム観光(2010年2月14、15日)

ブログ

沖縄・粟国島内/美ら海水族館/沖縄南部戦跡、史跡観光 写真集

王宮跡の南側にある、1491年に建てられた王族の守護寺院。3つの大きな仏塔には、ラーマティボディ2世と父、兄の遺骨が納められている。王の礼拝堂として王族の儀式に使用されていた。この寺院もまた、1767年ビルマ軍により破壊され、16mあったという金で覆われた仏像も金を奪われた後、破壊された。残っているのは、アユタヤ中期にたてられた3基のセイロン様式のチュディ。

2010.3.24
追加しました

ブリーラム結婚式/観光・アユタヤー・バンコク紀行